本論文は,日本産ネズミ類11種の雄生殖器の構造について,これまで注目されてこなかった陰茎遠位部に注目して詳細に解析を行い,その形態に種間の多様性が生じていることを明らかにした研究である.雄交尾器の形態の多様性は,異なる繁殖戦略への適応や性選択が反映さていると考えられ,その形態学的な研究は,哺乳類の繁殖システムにおける多様性の理解を促進するものである.従来,オスの生殖器の陰茎骨の形態に着目した研究がほとんどであった中,本研究では,日本産ネズミ類において,陰茎骨の周辺組織である陰茎遠位部に,正乳頭突起と2つの側乳頭突起からなる三叉構造を確認し,その発達過程が種ごとに大きく異なっていることを明らかにした.また,組織学的な解析から側乳頭突起が交尾時に外側に可動し,陰茎遠位部の膨張に貢献することを初めて示した.このように,本研究が,これまで着目されてこなかった雄生殖器部位の形態の多様性と機能的意義を示したことは,きわめて独創的である.その成果は,日本のネズミ類のみならずより広い分類群を視野に入れた将来的展開につながるものであり,哺乳類学,分類学,形態学の発展に大きく寄与できるものと期待される.また,特筆すべきは,画像とイラストの質の高さであり,後年も長きにわたって研究者に参照されるものであると評価できる.