田村典子(林典子)氏は,リス類を主な対象に,フィールド調査に基づいて行動生態学研究を継続し,多大な成果を創出した.とりわけ,採餌生態や音声コミュニケーションに関する研究は,氏が手法の開拓から理論の確立に至るまでを基礎から構築したものであり,研究領域の世界水準を先導したと評価することができる.リスの行動生態学を基軸にした活躍は,世界の哺乳類学の発展に大きく貢献した足跡である.日本哺乳類学会賞選考委員会は,創造的な研究業績とともに,教育,普及,学会活動への貢献を評価し,同氏を学会賞候補者として推薦する.
氏の業績は多岐にわたるが,以下にその骨子を挙げる.マレーシアのハイガシラリス属を対象に,音声コミュニケーションの生態進化学的解析を進めた.精緻なフィールド検討により,配偶音声が系統関係に即して分化しているのに対し,対捕食者警戒音声が種間でよく収斂していることを明らかにした.また,ニホンリスによるオニグルミの採餌生態の解析において世界的な評価を得ている.オニグルミ種子の電波追跡,共進化・被食回避によるオニグルミ種子の変異,実験下でのクルミ割り行動の学習の可能性など,斬新な着想と緻密な観察・分析により,きわめて評価の高い生態学的業績を蓄積している.こうした成果の多くを評価の高い国際誌に発表し,リス生態学の一時代を刷新したという世界的評価が成立している.
また,自ら築いた基礎理論を元にした社会貢献は顕著で,とくに外来リス集団の防除事業の策定では,長きにわたり先導的役割を果たしている.さらに,国内外の調査活動を通じ,日本や東南アジア諸国に多くの後進を育て,哺乳類学・リス学の未来を力強く支えてきた足跡を残している.日本哺乳類学会においては英文誌と和文誌の編集委員としての経歴が10年以上に及び,両雑誌を培ってきた中心人物である.また保護管理専門員会のメンバーとして,学会の社会貢献の場を確立してきた輝かしい実績の持ち主である.
田村典子氏は,上記のように,研究,教育,社会貢献,そして学会活動のあらゆる面において,哺乳類学の発展に多大な貢献をしたと評価することができる.