押田龍夫氏は,日本国内および海外のムササビ・モモンガ類を主な研究対象に,野外調査に基づき,細胞遺伝学,分子遺伝学,形態学,生態学など多岐にわたる研究手法を駆使して哺乳類の進化生物学の発展に大きく貢献した.特に,形態学を基盤とする系統学から分子系統学への移行期において,両手法を深く理解し,系統学をより包括的に発展させてきた功績は高く評価できる.選考委員会は,研究業績に加え,教育,学会などへの貢献は以下の4点に要約できる.
1)ムササビ・モモンガ類の系統地理学に関する貢献:押田氏は,ムササビ・モモンガ類が飛膜を獲得し滑空行動を進化させた道筋に関し,共通祖先が獲得し単一の系統で継承してきた形質なのか,複数の系統で収斂進化した形質なのかという問題を追及し,滑空性のリス科齧歯類は単系統であることを支持すると共に,東南アジアに生息するクサビオモモンガが北米大陸のアメリカモモンガ属と近縁であることを明らかにした(Oshida et al. 2004 Can J Zool 82: 1336–1342).また,ユーラシア大陸のタイリクモモンガの系統地理学的分析を行い,北海道系統がいち早く分岐した独自系統であることを発見し,本種の系統分化パターンが氷河期におけるレフュジアの影響を受けたことを示した(Oshida et al. 2005 Mol Ecol 14: 1191–1196).さらに,本州,四国,九州のムササビには5つの主要な系統群があり,これらの系統群が氷河期・間氷期サイクルの中でどのように集団の拡大・縮小を繰り返してきたのかを議論した(Oshida et al. 2009 Biol J Linnean Society 98: 47–60).これらの研究は,日本の哺乳類の起源と拡散プロセスを理解するうえで重要な知見となっている.
2)進化・分類学的貢献:押田氏は,ベトナム南部のホンカイ島で新種ホンカイリスを発見した(Nguyen et al. 2018 J Mammalogy 99(4): 813–825).また,メコン川の生物地理学的障壁効果に着目し,タイワンリス属のハイガシラリスとベトナムリスがメコン川によって種分化を遂げたとする仮説を提唱した(Oshida et al. 2010 Italian J Zoology 78(3): 328–335).
3)国際交流に対する貢献:押田氏は,台湾東海大学生物学系の教員として,台湾の哺乳類学の発展に貢献するとともに,台湾の研究者や学生の育成,教育にも取り組んだ.2009年には,台湾で開催された日本哺乳類学会大会の成功に重要な役割を果たした.また,日本哺乳類学会会員が台湾で調査・研究をする際には便宜をはかり,日台の共同研究を推進してきたほか,ベトナムにおいても生態学・生物資源研究機関との共同研究を推進するなど哺乳類学の国際交流と若手研究者の育成に大きく貢献した.さらに,日本哺乳類学会の代表として,2017年からInternational Federation of Mammalogists の理事を務めている.
4)学会への貢献:押田氏は,”Mammal Study”編集委員長(2011年〜2013年),国際交流委員会委員長(2016年〜現在),理事(2014年〜現在),理事長代理(2018年〜現在)などを歴任し,学会の活動,運営に貢献している.とりわけ,編集委員(6年),編集幹事(5年),編集委員長(3年)として,14年もの間Mammal Studyの編集に携わり,編集委員長としてインパクトファクターの取得や電子投稿システムの導入など本誌の国際化に大きく貢献し,国内外に認知される学術誌としての成熟に大きな役割を果たした.さらに,候補者が指導した学生は,哺乳類学会大会および “Mammal Study”,「哺乳類科学」で多くの研究成果を発表しており,台湾の若手研究者に大会への参加をうながすなど国際化,活性化に大いに寄与している.