近年,ホエールウォッチング船とクジラとの衝突がしばしば問題となっている.沖縄でも,年々増加するホエールウォッチングがザトウクジラに与える負の影響が懸念されている.本種の保全や持続可能なホエールウォッチングの管理を行うためには,本種の空間分布に関する理解が必要である.本論文は,1992-2012年の21年もの長期データに基づき,本種の分布パターンと生息地利用を明らかにしようとしたものである.実験では,慶良間諸島及び伊江島周辺海域において,目視と写真に基づく分布調査を行うとともに,性別,鳴き声や子供の有無,そして水深等の物理データが分析された.その結果,両海域共に,子供を持つメスが沖合よりも島に近い浅い海域に分布していることが明らかとなった.この現象は,性的に活発なオスからの働き掛けや沖合の荒海を避け,子供を育てるためにエネルギー消費を抑える意味を持つと議論されている.また,鳴き声を発するオス個体や子供のいないメス個体は沖に分布しており,繁殖活動に関与することが示唆された.以上,本論文は,21年もの長期データから,観察の難しい大型海生哺乳類の基礎生態学的知見を得た点で優れており,ホエールウォッチング等の人の活動を見直す上で貴重なデータを提供すると考えられる.また,論文の構成や文章表現の質も高いことから,日本哺乳類学会論文賞にふさわしい論文であると判断した.