遠藤公男氏(1933年-)は,岩手県立一関第一高等学校を卒業後,戦後の教師不足の中,代用教員として小学校に勤務した.自然環境に恵まれた地で生徒たちとともに主としてコウモリ類に関する観察を行ったことは,後に執筆される『原生林のコウモリ』によく描かれている.このころ捕獲した未同定のコウモリを黒田長礼へ調査依頼したところ,国立科学博物館の今泉吉典を紹介され,詳細な調査の結果,新種モリアブラコウモリPipistrellus endoiが記載されることとなり,種小名は遠藤氏に献名されている.
この後,国立科学博物館へコウモリ類の標本を寄贈したり,同博物館が行った北海道や東北地方での調査等,全国各地での調査にも同行するようになる.この時期のコウモリ類標本は極めて多く,貴重な学術資料として役立てられている.特に,今泉や吉行瑞子によって新種として認められたものがモリアブラコウモリの他に3種(エゾホオヒゲコウモリMyotis ezoensis,クロホオヒゲコウモリMyotis pruinosus,コヤマコウモリNyctalus furvus)もあることからわかるように,日本のコウモリ学に対する遠藤氏の貢献は著しい.また,自身も主として『哺乳動物学雑誌』にコウモリ類の生態に関する論文や報告を十数篇執筆しており,これらには現在においても貴重な知見が多く見られる.
遠藤氏は哺乳類の観察者としてフィールドワークの力量も優れている.これを体現するものとして,1973年に前掲の名著『原生林のコウモリ』を執筆し,その後は執筆業に専念する.これまで出版された17篇の著書は,朝鮮半島やロシア沿海州での独自の調査をもとに大陸の自然史や狩猟史をまとめたものや,野生動物の保全に関するものまで幅広く,その活動は今も衰えていない.