自然保護や動物福祉上の問題,あるいは研究成果の信憑性の確保や公表にあたっての様々な社会的責任に関する問題に対処するために,国内の動物を扱ういくつかの学会や関連団体が生体や標本をとり扱う際の指針やガイドラインを制定している(例えば,日本実験動物学会,1991;日本魚類学会自然保護委員会・編集委員会,2004;日本野生動物医学会,2003;日本動物行動学会,2005;日本学術会議,2006).日本哺乳類学会では,2001年に子安和弘委員が中心となって種名・標本検討委員会が本ガイドライン旧版を制定した(日本哺乳類学会種名・標本検討委員会,2001).制定の経緯は旧版の冒頭に詳述されている.その後,鳥獣保護 [管理] 法や外来生物法など哺乳類学の研究において重要な法制度の改正や制定があり,環境問題や動物福祉全般,人獣共通感染症への関心の高まりを受けて,旧版の改訂の必要性が認識され,2006年に同委員会の元に標本ガイドライン改訂作業部会が設けられた.作業部会の構成員は以下の通りである:岩佐真宏,遠藤秀紀,蔭山麻里子,川田伸一郎,子安和弘,佐々木基樹,中田圭亮,本川雅治,横畑泰志(部会長).
このガイドラインの目的は,研究に際しての採集方法を含む哺乳類標本の取り扱いが日本哺乳類学会の基準を満たしているかどうかを確認できるようにすることである.哺乳類標本を作製する際には野生哺乳類の捕獲が不可欠であることが多いから,このガイドラインの作成にあたっては野外研究における研究上の技術とともに動物福祉および自然保護に対しても細心の配慮をはらっている.現在,日本哺乳類学会では「動物の取り扱いに関するガイドライン」が規定されていないから,こうした問題については必要に応じて他の組織が制定している類似したガイドライン(例えば,日本実験動物学会,1991;福井,1991;日本野生動物医学会,2003;日本動物行動学会,2005;日本学術会議,2006;海外の例ではAd hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy,1987; Bookhout, 1996; Animal Care and Use Committee, 1998; Gannon et al.,2007)を参照するべきである.動物を用いた研究を行う上での倫理的な側面については,村上・佐伯(2003)に概説されている.
このガイドラインは新しい技術を応用した研究計画を立てることや,よりよい研究方法を試みることを否定しているわけではない.どのような研究計画や研究方法を採用するかについては最終的に各研究者が責任を負わなければならないのである.このガイドラインは基本的に日本哺乳類学会員やそれ以外の哺乳類研究者が利用することを想定しているが,哺乳類研究者のいない博物館,哺乳類行政に関係した諸機関,哺乳類研究者に助成金を提供している組織や基金,さらに哺乳類の研究論文を掲載する雑誌の編集者や査読者にも関心を持たれることを期待している.
現代の哺乳類学においては多岐にわたる内容の研究がなされており,その研究方法も様々である.研究対象として野生哺乳類が含まれる場合には,その研究対象から情報を得るため何らかの形で哺乳類を生け捕りまたは捕殺しなければならないことがある.それは捕獲個体から得られた情報によって,種の正確な同定,分類関係,進化関係,遺伝現象,個体群動態,群集の構造と動態,比較解剖学と比較生理学,行動学,寄生虫と疾病,経済的重要性,地理分布と微小生態分布,自然環境または管理された環境での哺乳類の生態学,といった科学的に重要な現象を理解できるようになるからである(Ad hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy, 1987).国外の哺乳類学会,例えばアメリカ哺乳類学会は研究者が野外研究に用いた哺乳類の各種標本を研究終了後に証拠標本として「最低基準を満たしている博物館」(Committee on Systematic Collections,1975,1978;Systematic Collections Committee, 2004;後者については本ガイドラインの付録参照)のコレクションに寄贈することを強く推奨している.この基準を満たしている博物館では,種々の研究者によって研究に使用された証拠標本がそれに付随した各種のデータとともに恒久的に保管されるように定められている.こうして収集され保存された標本は,過去になされた研究の検証ばかりでなく,現在や未来において利用可能な研究資源として標本コレクションを構成することになるのである.収集され保存された標本が哺乳類学においてどのような意義をもつのかについて阿部(1992a)は,分類学的情報,生理生態情報,その他の付随的情報にわけて詳述している.標本がもつこのような研究上の意義を最大限に高めるためには,標本ならびに付随するデータが適切に作製・記述・保管されている必要がある.本ガイドラインはこうした標本の採集・作製および付随データの文書化の際に必要な作業を標準化するための基準を示し,哺乳類研究者が標本を作製する際の補助となることを目指して構成されているが,野生哺乳類の捕獲に伴う倫理的・技術的側面は生態的な研究においても参考になるであろう.
標本の採集方法には古典的な博物館標本の採集のような致死的な方法以外にも,生け捕りにした個体からバイオプシーを行って放逐する場合のように非致死的な方法がある.ここでは主として致死的な方法による標本採集に付随して派生する問題を取り扱っている.濱崎(1998),岸本(2002)および金子・岸本(2004)は,主に非致死的捕獲を念頭において「個体の安全」,「作業員の安全」,「周辺環境への最低限の影響」を「捕獲の三原則」とし,その確保の必要性,意義および留意事項について論じており,致死的捕獲の場合においても参考になる.生け捕りした野生哺乳類の保定,救護,ならびに計測データの採取法については野生動物救護ハンドブック編集委員会(1996)やBookhout(1996)を参照されたい.
日本における野生哺乳類の捕獲と関連法規上の手続きについては,まず池田・花井(1988)による総説がある.それによれば,当時国内で哺乳類の捕獲を規制している法規は,「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」(現.「鳥獣の保護および狩猟の適正化に関する法律」,以後「鳥獣保護法」とする)[2016年現在では,「鳥獣の保護および管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(鳥獣保護管理法)],「文化財保護法」,「その他の法令」,の3種類に分けられていた.鳥獣保護法は2003年に大幅に改正され,鳥獣の定義が「鳥類または哺乳類に属する野生動物をいう」と明確化された.それによって,従来この法律の対象になっていなかった食虫目 [2016年現在では多くの場合,トガリネズミ形目およびハリネズミ形目] およびネズミ科の動物(農林業従事者による捕獲および住家性ネズミ類3種を除く)および一部の海獣類(アザラシ類,アシカ,ジュゴン)も対象となった(石名坂,2003;横畑,2003).これらの野生哺乳類を捕獲し研究に用いる場合には,鳥獣法第9条第1項による鳥獣捕獲許可を得るか,同法第4条による甲種狩猟免状を得る必要がある [2016年現在では,鳥獣保護管理法第9条および39条](ただし後者の資格では狩猟獣を法定猟具によって狩猟期間に狩猟できる地域で捕獲することしかできない).学術研究に伴う捕獲許可を申請する際には上記の他に幸丸(2001),野生生物保護行政研究会(1992,2003),野生鳥獣保護管理研究会(2001)を参考にして,担当の行政窓口に問い合わせるべきである.新しい概説には,畠山(2004)および坂口(2007)がある.
これらに加えて,現在では「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(1992年公布,1993年4月1日施行)によって絶滅のおそれがある哺乳類の捕獲が規制されている(環境庁野生生物保護行政研究会,1993,1995;総務庁行政監察局,1993).絶滅のおそれのある哺乳類の標本の輸出入にはワシントン条約にもとづく規制があり,これについては6−2で述べられている.哺乳類の採集,輸入,輸出に関しては上記をはじめとした法律と条例に基づく規制があり,これらの規制のある種や地域で規制の対象となる行為を行う場合には,各種の機関が発行する許可証が必要である.こうした法律・条例は改正されたり,新たな規制を行う条文がつけ加えられたりするものであるから,捕獲地域における規制について精通し,必要な許可を事前に取得しておく必要がある(Rohlf,1995;鳥獣保護管理研究会,2001;野生生物保護行政研究会,2003;畠山,2004;坂口,2007).
捕獲そのものに関する許可以外にも,国有林に入林する際には管轄する森林管理署の入林許可が必要であるし,個人所有の土地で捕獲を行う際にはその土地の所有者や管理人の許可を得る必要があるので配慮が必要である.また,「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(2004年公布,2005年10月1日施行)によって,16種および4属(2008年現在)[2016年現在では,19種および2交雑群] の哺乳類を含む特定外来生物の飼養,保管および運搬が原則的に禁止されている.生物の採集と法制度に関する解説として幸丸(2001)があり,生物採集に関する問い合わせ先の一覧も掲載されているので参照されたい.
採集に際しての倫理的な問題はNagorsen and Peterson(1980)によって明瞭に述べられている.捕獲許可書を所持しているからといって,無責任な採集が許されているわけではない.標本採集に際しては最も人道的な手段で採集すべきだし,地域生物相に打撃を与えたり採集地を破壊したりしないように努めなければならない.見境もなく大量の標本を採集するようなことをしてはならない.これは特に多数の個体が1箇所に集中しているような場合に許されないことである.可能ならば,哺乳類は生け捕りにし,必要な数の採集ができ次第必要でない個体は無傷で放逐するのが望ましい.ハジキワナなどを用いた採集ではこうした作業ができないのは当然である.研究に必要な標本数は研究の内容に依存している.したがって,標本を採集する研究者はみずからの責任において特定の標本数が必要な理由を説明できるようにしておくべきであり,必要以上の標本を集めるべきではない(Ad hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy,1987; Animal Care and Use Committee, 1998; Gannon et al., 2007).一方,捕獲数を過度に減らすことも,研究の目的を達成できず動物の浪費につながるので,不適当である(Gannon et al., 2007).
野生動物の致死調査について,Friend et al. (1994)は「動物の採集は野外研究においてしばしば重要な要素である.これらの研究は動物分類学,比較解剖学,疾病のアセスメント,餌嗜好性の研究,環境汚染の評価および多くの他の正当な理由と科学的必要性が含まれている.」と述べ,その必要性を明快に認めている.Friend et al.はさらに致死調査計画を評価する条件として,1)標本 から得られる科学データが過去の文献で得られる情報で代替できないことや,過去すでに採集され利用可能な標本が存在しないこと,2)必要な情報が他の非致死的手法では得られないこと,3)目的以外の種の捕獲可能性を最小にすること,4)捕獲される標本は可能な限り早く殺されること,5)標本採集は目的に添って年齢層毎に行うなどの的確な手法で行われること,などを挙げている.博物館における分類コレクションの構築に必要な標本は細心の注意を払って作製し,標本に付随するデータは標準化された方法で文書化して保存されなければならない(4-1~7).
捕殺ワナを使用して哺乳類を採集する際には,動物を苦しませずまた研究に必要な体の部分を破損しないようにする必要がある.商品化されているワナとして,小型齧歯類や地上性食虫類など小哺乳類の標本を収集するために最も手軽で扱いやすいものはプラスチック製ハジキワナ(商品名“パンチュートラップ”)である(阿部,1991a,1992b;村上,1992;米田ほか,1996).これ以外のハジキワナとしてVictor型ワナや金属製ワナもあるが,踏板式餌付け止め金をもつ中型のミュージアムスペシャル(アメリカ製)や大型の特注金属製ハジキワナ(村上,1992)を除く,こうしたワナは採集の際に頭蓋が破壊されやすい(今泉,1970)ので,餌を付ける止め金の位置をずらすなどの工夫をする必要がある.こうしたワナの入手先に関しては村上(1992)に述べられている.地中性のモグラ類の採集にはハサミ式,筒型縛り上げ式,刺し殺し式などのモグラワナが捕殺に使われており(阿部,1992b;横畑,1998),カワネズミには踏板式餌付け止め金をもつ大型ハジキワナ,網付円筒,ムジリなどが用いられている(阿部,1992b).これらの捕殺ワナを使用して採集することは研究目的上および倫理的に適した方法といえる.
捕殺ワナを設置する際には目的とする種が捕獲される確率をなるべく高め,目的外の動物が捕獲されにくくなるように設置場所や設置方法を考慮する必要がある.ワナの見落としを防ぐためには,設置したワナの近くにテープなどの目印となるものをつける必要がある.それに加えて,捕獲を行う場合には,ワナに捕獲者氏名,許可者,許可番号などを記した標識を取りつけるか,ワナが小さくて難しい場合は付近に立て札などを設置することが義務づけられている.1日に最低1回,できれば早朝にワナの見回りを行い,捕獲されている動物を回収するべきである.気温の高い時期には捕殺された哺乳類は腐敗しやすく,回収が遅れるとハエに産卵されたり,アリなどに食い荒らされたりする場合もある.トガリネズミ類の採集には墜落缶(ピットフォールトラップ)が適しているが(阿部,1992b;子安,1998),墜落缶を捕殺ワナとして使用する場合は充分な量の水を入れておき,捕獲した動物が長く苦しまないように配慮する必要がある(Ad hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy,1987).
小型トラバサミがシマリスや樹上性リスの捕殺ワナとして用いられる場合もあるが(阿部,1991a),このような場合を除けば,一般にトラバサミは迅速に動物を死亡させないワナの典型的なものといえる.そこで,代用できるワナがある場合にはそれを用いて捕獲を行うべきである.他のワナで代用できない場合には当て物をつけるなどの改造をほどこし(Kuehn et al., 1986;中園・土肥,1989;池田,1989;金子・岸本,2004),ワナの見回りも頻繁に(最低1日に2回)行う必要がある(Ad hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy,1987).
ウサギ類,リス類,中・小型食肉類のような哺乳類では,銃器を用いた捕殺の方がワナを使用した捕獲よりも倫理的にかなっている場合がある(Nagorsen and Peterson,1980).研究者が自ら銃器による採集を行う場合には,鳥獣保護 [管理] 法第39条による第一種(装薬銃・空気銃の場合)[2016年現在では,装薬銃の場合のみ]または第二種(空気銃の場合)銃猟免許を得た上で,銃器の所持と使用を規制する法律(銃刀法=銃砲刀剣類所持等取締法)および弾薬の保管等に関する法律(火薬類取締法)を遵守し,経験を積んで安全かつ適切に銃器を使用する必要がある.
大型鯨類の捕獲調査においては,爆発銛を装填した捕鯨砲が用いられている.ペンスリット爆薬を搭載した爆発銛は,鯨の捕殺手段として最も人道的であると国際捕鯨委員会において認められている(International Whaling Commission, 1981).爆発銛で即死しなかった個体に対しては,2次的捕殺手段として口径9mm以上のライフル弾が用いられる場合がある.鯨類は鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)で指定される対象種ではないため,いずれの手法でも銃砲刀剣類所持等取締法4条①2に基づく銃砲所持の許可が必要となる.
生け捕りワナ(ライブトラップ)による哺乳類の採集は,染色体核型調査,生化学的調査,遺伝学的調査,外部寄生虫の調査,生態研究における標識放逐調査などでよく用いられる捕獲方法である.生け捕りワナを用いる利点のひとつは,目的とする種類および数量の個体だけを捕獲し,それ以外の不要な個体を無傷で放逐できることである.ただし,シャーマン型の生け捕りワナを例にとると,ジネズミのように効率よく採集できる場合と,トガリネズミのように採集効率の悪い場合とがあるので,目的に応じてワナの選択を行う必要がある.生け捕りワナはアルミ板,亜鉛板,木材,金網,プラスチック等でできた箱形または筒形の容器でできており,中に入った哺乳類がトリガーに触れると扉が閉まって出られなくなる仕組みになっている.市販されている生け捕りワナとしては,シャーマン,ハバハート,ロングワース,ペンロン,トマホークといった海外の業者が製造したものがあり,直接あるいは代理店を通じて購入したり(例えば,村上,1992),通信販売で取り寄せたりすることも可能である(例えばCAROLINA(R)社:URLはwww.carolina.com).国内でも上記のワナと同様の形状の製品が製造販売されている(村上,1992;米田ほか,1996).プラスチックでできたペンロン型の生け捕りワナではトガリネズミからアカネズミ程度の大きさの哺乳類が捕獲でき(柴内・井関,1997),ヌートリア(三浦,1992)やノネコ(伊澤,1990)には金網製の生け捕りワナが用いられる.モグラ類の生け捕りには落とし穴や待ち伏せなどの方法もあるが,西式,小西式などの筒ワナが用いられることが多い(阿部,1992b;横畑,1998;川口,2004).トガリネズミ科動物の捕獲法は,阿部(1992b),子安(1998),本川(1998)に,食肉類の捕獲法は,金子・岸本(2004)に総説されている.イタチ類では歯を折らないように木製の箱ワナが使用されている(佐々木,1990).トラバサミで大型哺乳類を生け捕りする場合には前記のように当て物をつけるか,ゴムパッドのついたワナ(池田,1989)を使用すべきである.ムササビは改造したタモ網で捕獲でき(馬場,1988),ノウサギの捕獲には箱ワナやくくりワナが用いられる(山田ほか,1988).
生け捕りワナで捕獲する場合には,動物がワナの内部で苦しまないようにするため,目的の動物にあった充分な大きさのワナを用いる必要がある.また,冬季には巣材と餌を充分に入れ,ワナ全体を保温材で包むことによって体温低下による消耗を防ぐ必要がある.生け捕りワナ内での死亡や消耗を防ぐため,見回りは適切な頻度で行う必要がある.箱ワナなどによる大型哺乳類の生け捕りの際には落下扉に発信機を取り付けることによって見回りの頻度を少なくすることができる.発信機のついたワナでは,落下扉が落ちていない時に発信状態にしておくとよい(逆の構造は故障のリスクが高いので).夜行性の種を捕獲する場合には日没前に設置したワナを日の出後に可能な限り早く見回って動物を回収するべきであり,この時にワナを閉じて昼行性の種が日中に誤って捕獲されることを防がなければならない(Animal Care and Use Committee, 1998).昼行性の種を生け捕りする場合には,覆いをかけて直射日光を防ぐとともに頻繁な見回りをする必要がある(Ad hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy,1987;小金沢,1989).
生け捕りワナを設置した場合は,見回りの際に見落としのないように気をつけ,採集作業の終了時にはすべてのワナとテープなどの目印を回収しなければならない.生け捕りワナに番号をつけ,その順番にワナの設置,見回り,回収を行う方法は,捕獲されているワナや回収時のワナの見落としを防ぐために推奨できる.
墜落缶を用いた生け捕りの際には,頻繁な見回り(トガリネズミ類の場合は1時間に1回程度)を行い,ワナの内部には餌を入れておき,捕獲した動物が飢えて死なないようにすべきである.雨に濡れた動物は死亡しやすいので,それを防ぐためには墜落缶の上部に屋根となる覆いをかける必要がある(Pucek,1981).
大型哺乳類の生け捕り方法として,クマ類に対しては箱ワナ(捕獲檻;渡辺・野崎,1989;金子・岸本,2004)やバレルトラップ(ドラム缶ワナ;間野ほか,1990;米田ほか,1996;金子・岸本,2004),シカ・カモシカ・イノシシに対しては箱ワナ,柵をつくって追い込む囲いワナ,ネット(網)ワナ(伊藤ほか,1989;仲谷,1989;梶ほか,1991),シカではさらに布製の幕を立ち上げる布ワナ(宇野ほか,1996),イノシシではくくりワナ(仲谷,1989)などが用いられている.クマ類に鉄格子製の檻を用いると捕獲されたクマが鉄格子をかじって歯を傷つけるが(米田ほか,1996),ドラム缶ワナは,捕獲個体が内部で傷つくことが少ない(間野ほか,1990).同様にシカ類に金属製の囲いワナを用いると捕獲した個体が衝突して死亡したり傷ついたりする場合があるが,布ワナは安全性が高い(宇野ほか,1996).イノシシにくくりワナを用いる方法は捕獲個体の負傷や死亡の発生率が高い(仲谷,1989)ので,生け捕り方法として不適切である.
大型動物を生け捕りにする際は,捕獲した動物が暴れてけがをしないようにするために,捕獲してから各種の処置を行うまでの時間を可能な限り短くする必要がある.さらに,捕獲や保定の際には捕獲性筋疾患(capture myopathy; CM)を防ぐように配慮し,速効的な対症療法が行えるように準備する必要がある(鈴木,1999).網またはワナを用いた野生哺乳類の捕獲には狩猟免許(網猟またはわな猟免許)の取得または学術捕獲の申請が必要であるほか,銃器や麻酔銃を使用する場合にはこれらの所持・使用を規制する法律・条例を遵守しなければならない(池田・花井,1988など).麻酔薬を用いた捕獲を行う場合には環境大臣から劇薬の使用許可を受ける必要がある(鳥獣保護法第15条)[2016年現在では鳥獣保護管理法37条].
コウモリ類の捕獲には学術研究による捕獲申請が必要であるほか,カスミ網の販売・所持・使用が禁止されているため,捕獲にカスミ網を使用する際には環境大臣の許可が必要である(鳥獣保護 [管理] 法第9条第1項の三).カスミ網の購入に際しては捕獲許可証を提示する必要があり(鳥獣保護法第16条の二)[2016年現在では,鳥獣保護管理法第16条第二項の一],カスミ網の購入方法やカスミ網によるコウモリ類の捕獲方法についてはコウモリの会調査グループ(1998)が参考になる.コウモリ類の捕獲方法については生息場所の違いによってそれぞれ適切な方法を採用する必要がある(毛利,1988;Kunz and Kurta, 1988).出産・保育期間には繁殖コロニーの撹乱をさけるため,通常の研究ではこの時期に出産洞への入洞調査を避けるべきであるし,冬眠期間中のコウモリを何度も覚醒させることも死亡率を高めることがある(Ad hoc Committee on Acceptable Field Methods in Mammalogy,1987)ので避けなければならない.家屋からコウモリを退去させる方法として「一方通行ドア(One-Way Door)」を設置する場合がある(Gelfand,1997;Tuttle and Hensley,2000).この方法を6月,7月,8月に用いるとコウモリの新生子を捕殺することになるので,このような出産・保育期に一方通行ドアを設置してはならない.コウモリの保護や観察のためにバットハウス(コウモリ用巣箱と小屋)を設置する際に捕獲申請は必要ないが(設置場所の土地・家屋の所有・管理者の許諾が必要なのは当然である),バットハウスを利用するコウモリからデータを採取するため一時的または恒久的にコウモリを捕獲する場合には学術研究による捕獲申請が必要である.バットハウスの材質・大きさ・設置場所を適切に選択するとともに,捕食者からの防護装置を設置することが推奨される(Gelfand,1997).使用するワナをはじめとしてコウモリ類の研究にはこのグループに特有な方法が必要とされることが多いので,研究者は自分が研究対象とする動物における生態学・行動学的研究方法(例えばKunz,1988)に精通しておく必要がある.
生け捕りした哺乳類を殺す際には,倫理的にかなった人道的な方法で安楽死させなければならない(法的な根拠として改正動物愛護管理法第23条および第24条 [2016年現在では,第40条および第41条] による努力規定がある:動物愛護管理法令研究会(2001)参照).一般的に安楽死(または安楽殺)とは動物に苦痛を長く与えないように,できるだけ短時間で意識を失わせて死にいたらしめることである(日本実験動物学会,1991).行政的には,「化学的または物理的方法により,できる限り処分動物に苦痛を与えない方法を用いて当該動物を意識の喪失状態にし,心機能または肺機能を不可逆的に停止させる方法によるほか,社会的に容認されている通常の方法によること」(動物の処分方法に関する指針,1995年,総理府告示第40号 [2016年現在では,2007年,第105号];淺野ら,2006)とされている.安楽死には麻酔剤を過剰投与する方法やエーテル・炭酸ガスを使う方法などがあるが(田嶋ほか,1979;中村ほか,1984;日本実験動物学会,1991;内閣総理大臣官房管理室,1996),その方法の選択にあたっては研究の目的に沿ったうえで可能な限り動物に苦痛を与えない方法を用いるべきである.エーテルの吸入は最も頻繁に用いられてきた方法の一つであるが,人体や動物への有毒性や刺激性,爆発性,引火性の点から現在では推奨されていない.炭酸ガスの使用も,種によっては粘膜への刺激の原因となる(Gannon et al.,2007).安楽死は,他の動物に恐怖を感じさせたり過度なストレスを与えたりしないように,他個体に気づかれない場所で行うべきである(Gannon et al.,2007).研究に使用する動物の安楽死法について不明な点がある場合には,家畜や実験動物の安楽死法について精通している獣医師や実験動物の専門家に相談するのがよい.
分類学的研究の場合はもちろん,それ以外の研究目的で捕獲した哺乳類を使用する場合でも,その採集データを標本とともに保存しておくことが推奨される.例えば生態調査を目的とした研究でも,こうしたデータを伴った標本から,形態の地理的変異,齢変異とそれを利用した齢査定,齢構成,齢査定による繁殖期の推定,繁殖状態と繁殖期,産子数,食性,栄養状態,個体群の質,寄生虫といった多くの情報が得られるからである(阿部,1991b).また,形態学・遺伝学・生化学・寄生虫学といった分野の研究においても,証拠標本として使用した材料を保存することはその研究の分類学的基盤を確固たるものにすると同時に,将来の分類学的変更にも対応できることになる.そこで,どのような研究目的で哺乳類標本の採集を行う場合でも,基本的な野外データ(採集番号,種名,性別,計測値,採集地,採集年月日,採集方法,その他の記録)の記述は研究に伴う日常的な作業として行い,その記録を標本とともに残すべきである.ただし,これらの野外データを残すことにとらわれすぎて不確実なデータを憶測で記録すべきではない.例えば,性別を決定できなかった場合には野帳やフィールドカタログの性別欄に疑問符を記入しておけばよい(Nagorsen and Peterson,1980).
標本採集に伴うデータはノートや記録用紙に書き込むのが普通である.Martin et al.(2001)は野帳を3分割して記録することを勧めている.それは,1)日誌(ジャーナル),2)フィールドカタログ,3)種別観察記録,である.日誌にはフィールド日記として日毎の採集活動と観察事項を記録しておき,フィールドカタログは各採集標本に関する採集番号順の計測値などを記録するもので,種別観察記録には採集した種ごとの詳細な観察記録を記帳しておく(Martin et al., 2001).日誌を残すことはフィールドワークの種類を問わず重要なことである.フィールドカタログをノートではなく印刷した記録用紙に記入する方法も推奨できる(British Museum, 1968;Nagorsen and Peterson,1980).フィールドカタログとして印刷された特別な記録用紙を使用しない場合,市販のA4版横書き集計用紙(1例としてKOKUYOのシヨ−26N)は使い勝手と価格の面でカタログデータの記録用紙(カタログシート)として推奨できる.Excelのような表計算ソフトなどによる電子的記録法を用いてもよいが,印刷して保管するなど,紙媒体による保存を並行して行うべきである.
カタログシートの最上段に記入すべき項目の説明は以下の通りである.採集番号はカタログシートに記入した標本ごとに与えられる番号であり,すでに独自のシステムを採用している場合を除き採集者ごとの連続番号を用いることが望ましい(すなわち,調査旅行,採集地,種,採集日と無関係に連続した番号となる).この採集番号は標本につけた採集ラベルにも鉛筆,墨汁,またはパーマネントインクで記入しておく(ボールペン,フェルトペン,水溶性インクを入れた万年筆は不可).標本登録番号は標本が博物館などのコレクションに加えられた時に記入するものなので,野外では記帳しない.種名欄には野外で同定した種名(和名か学名)を記入する.同定には図鑑(今泉,1960),検索表(前田,1983;Yoshiyuki,1989;阿部ほか,1994,2005),図説(阿部,2000)などが参照文献としてあげられる.性別,計測値,採集地の記述方法については下記の項目(4-3,4-4,4-6)で詳述している.繁殖・生息環境・野外観察事項についてはカタログシートの各欄に記入するか,その他の欄にまとめて書き込む(4-5,4-7).
標本が博物館に保管される際には,標本に対応するすべての目録,野帳,写真,採集地の地図といった書類も恒久的に保存されるべきである.標本に関する情報がカタログシートと野帳だけからしか得られないことも多いから,こうした記録を取る際には体系的で読みやすく,できるだけ正確な記帳を心がけるべきである(Nagorsen and Peterson,1980).
標本ラベルはアルコールにもホルマリンにも耐性のある用紙を用い,毛皮標本・頭蓋標本・骨格標本・液浸標本などに添付する.採集番号をラベルに書き込む際に採集者のイニシャルをつけておくと,他の採集者によって採集された標本との混同を防ぐことができる(Nagorsen and Peterson,1980).ラベルに記入すべき項目については阿部(1991b)が参考になるが,要するにカタログデータの各項目を可能な限り書き写すことになる.ただし,カナダのRoyal Ontario Museumのように,コンピュータ化された目録システムを導入して標本に採集番号のみを記入したタグだけを添付する方法を採用している博物館もある(Nagorsen and Peterson,1980).この方法はラベルを重複発行しないシステムが確立されており,データ管理に不備のない機関では有効であろう.標本ラベルの様式や記入方法については,岡田(1940),British Museum(1968),今泉(1970),Nagorsen and Peterson(1980),Martin et al.(2001),Pucek(1981),Handley(1988),米田ほか(1996)などに示されているので,これらを参考にして記入項目を決定するとよい.頭蓋骨・毛皮・その他の組織等の標本を別々の場所に保管する場合も標本番号は同じ番号を用いるべきであり,分子・細胞学的標本や寄生虫標本を他の機関・研究者に提供する場合もこの統一された標本番号を付記して送り,公表する文献では採取標本や宿主標本の標本番号が相互に参照できるようにしなくてはならない.
中・大型獣や繁殖期にある小哺乳類の場合は,膣口・陰嚢・陰茎といった外部生殖器によって雌雄の判定が可能な場合も多い(今泉,1970;阿部,1991b).クジラ類では外部生殖器が生殖溝の中に収納されており,雌雄の判定が生殖溝と肛門との距離(雌では長く雄では短い)で可能である(Nagorsen and Peterson,1980).同様に,ネズミ類では外部生殖器である陰核・陰茎と肛門との距離を用いた雌雄の判定が可能である(中田,1986;阿部,1991b).しかし,幼獣や非繁殖期の小哺乳類では外部生殖器の発達が悪いので,性別を誤認しないように内部生殖器による雌雄の確認が望ましい(今泉,1970;中田,1986;阿部,1991b).内部生殖器によって雌雄の判定をするには,毛皮標本の作製のために皮膚を剥いだ残りの標本の腹部を解剖する.雄には精巣があり,雌には子宮があることで雌雄の判定ができる.非繁殖期の食虫類(たとえばトガリネズミ)の場合,内部生殖器も極めて小さくなっているが,膀胱の基部から左右に出る精管の先端につく精巣,あるいは膀胱の背上位に位置するT字型の子宮を確認することによって確実な雌雄の判定が可能である(阿部,1991b).野生哺乳類の胎子や残骸から性別を判定するには細胞レベル以下(染色体やDNAなど)の技術が必要である(Dimmick and Pelton, 1996).国内におけるこの方法の適用例については子安ほか(1995)を参照のこと.
体重の計測は標本作製の作業に入る前に可能な限り早く行う必要がある.小哺乳類はg単位,大型哺乳類はkg単位で計測する.小哺乳類の体重計測にははかりを用いるが,100g程度までの計測ならば携行型のデジタルスケール(例えばタニタのハンディミニ1476)が便利である.ただし,電池式のはかりを用いる際にはいつでも予備の電池を携行しておく必要がある.大型哺乳類の体重計測を野外で行うには困難が伴うが,大型哺乳類の体重データは稀少なので,体重計測が可能な場合にはできる限り計測記録を残すべきである(Nagorsen and Peterson,1980).通常,野外では携行可能なばね式吊り秤が使われる.電源がとれる場所では,畜産用の電子式体重計(例えばTRU-TEST DISTRIBUTORS LIMITED [2016年現在では,TRU-TEST LIMITED], New Zealand, AG型やEZ型)が便利である [2016年現在,これらの型式は提供されておらず,市場では入手が難しい].
小哺乳類の外部計測値として北米式(カナダとアメリカ合衆国で採用されている方法)では,全長(TL:Total Length),尾長(LTv:Length of Tail vertebrae),後足長(HF:Hind Foot length),耳長(E:Ear length)が標準的な計測部位として定着している(Corbet and Ovenden, 1980;Nagorsen and Peterson, 1980).この場合,後足長はいつでも爪の長さを含んでいる(HFcu:Hind Foot cum unguis).英国を含むヨーロッパでは全長の代わりに頭胴長(HB:Head and Body length)を計測することが多く,しかも後足長には爪を含めない(Corbet and Ovenden, 1980;Nagorsen and Peterson,1980;Pucek, 1981;今泉,1986).尾長を計測する際の起点は国によって異なり,英国と北米では尾の基部から尾端までを計測し(今泉,1970;Corbet and Ovenden, 1980;Handley,1988;Burton, 1991),英国を除くヨーロッパ(特にポーランド)では肛門(の正中部)から尾端まで(LTa:Length of Tail anus)を計測する(Pucek, 1981)(どちらの方式でも尾端の毛は含めない).日本ではヨーロッパ式と修正北米式(尾長は北米式で後足長はヨーロッパ式)の両者が使われていたが,近年は修正北米式を一般的な方法として紹介する場合が多い(今泉,1970;阿部,1991b;阿部ほか,1994;米田ほか,1996).したがって,新たに計測を始めようとする標本採集者および証拠標本を博物館に寄贈する研究者は,近年日本国内で出版された図鑑や教科書などの多くが修正北米式を採用して尾長と爪なしの後足長(HFsu:Hind Foot sine unguis)を計測していることを念頭に置くべきである.ただし,この修正北米式で哺乳類計測を行っている国はほとんどなく,国際的な基準ではないことを承知しておかねばならない.英国式は後足長に爪を含めない点と尾長の起点を尾の基部とする点で修正北米式に似ているが,尾長を計測する際に尾を背側に曲げない点が異なっている(Corbet and Ovenden, 1980;Burton, 1991).中国では哺乳類の計測にヨーロッパ式を採用している(Wang and Ganyun, 1983).有蹄類では蹄(爪と相同)を除いた計測が難しいため,その後足長は北米式でしか計測できない.そこで,有蹄類を含む陸生哺乳類の計測値を統一的に記述できるのは北米式のみ,ということになる.修正北米式による小哺乳類の外部計測方法は次の通りである(主として阿部,1991bによる).
全長(TL):体を背位においてよく伸ばし,吻端から尾端(先端の毛は含めない)までの直線距離をはかる.死後硬直している場合はよくほぐして伸ばす.
尾長(LTv):尾を背側に直角に折り曲げ,物差しの一端を背(腰)にあてて後方へずらすと尾の基部で止まるので,尾を物差しにそって伸ばし,尾端までの長さ(毛を除く)をはかる.
頭胴長(HB):全長から尾長を引いた長さ.
後足長(HFsu):足指をよく伸ばし,かかとから一番長い指の先端までの長さ(爪を除く).
耳長(E):耳介の前外面で,耳珠と対珠間の珠間切痕の下端から耳介の先端までの長さ(毛を含めない).
上記のほかに,食虫類では前足長(FFL:Front Foot Length;掌の後端から一番長い指の先端までの長さ(爪を除く))および前足幅(FFW:Front Foot Width;掌部最大幅)を,翼手類では前腕長(FA:Forearm length;手関節から肘関節までの長さ),下腿長(Tib:Tibia length;膝から脛骨下端まで),耳珠長(TR:Tragus length;耳珠内側基部から先端まで.ただし,耳珠外側基部から先端までを全耳珠長Total Length of the Tragusとして計測する場合には,耳珠内側基部から先端までの長さを耳珠刃長Length of the Tragus Bladeと呼ぶ(Handley, 1988)),翼開長(WS:Wing Span;翼を開いた状態の最大幅)などを,大型獣では肩高(HS:Height at the Shoulder;動物が立ったときの肩甲骨上端から足底まで),胸部胴回りなどをはかる.日本国内におけるクジラ類の外部計測部位が米田ほか(1996)によって紹介されている.この計測部位は胴回り(胴周)の計測を臍の位置で行っていることを除けばアメリカ哺乳類学会で推奨しているクジラ類の標準計測部位(胴周は胴回りの最大値を採用)とほとんど一致している.ニホンザルの外部計測部位は浜田(1986)によって示されている.こうした外部計測部位は,多くのマニュアルで計測方法とともに図示されているので(Nagorsen and Peterson,1980;Martin et al.,2001;北原,1986;浜田,1986;阿部,1991b;Geraci and Lounsbury,1993;阿部ほか,1994;米田ほか,1996;淺野ら,2006),計測部位と計測方法に不慣れな間はこれらの図や説明を参照すべきである.
計測者の違いは外部計測値や骨計測値から算出されるパラメーターに有意な違いをもたらすことが多く,特に個体差の著しい部位や起点,終点の不明確な部位においては顕著なことがあることに注意すべきである(Palmeirim,1998;Blackwell et al.,2006).外部計測値の場合は,同じ計測者が少なくとも2回計測を行い,平均値をとることが推奨されている(Blackwell et al.,2006).
内部生殖器の観察によって得られる生殖状態の情報は重要な生物学的データである.このデータによって,ある地域における特定の種が年に何回の繁殖期をもつか,繁殖期の継続期間,一腹産子数,年間の産子回数,性成熟の齢などを知ることができる(Nagorsen and Peterson,1980).
雄の繁殖状態を簡便に判定する方法として精巣の大きさと精巣上体尾部における精巣上体管の外見があげられる.採集された直後の個体では開腹後に精巣の長径と短径をmm単位で計測し,液浸標本では精巣が下降して陰嚢が形成されているか(+)否か(−)を記録する.小哺乳類では精巣上体尾部で精巣上体管が視認できれば精子が貯蔵されているし(+),精巣上体管が認められなければ成熟した精子の蓄積が充分でないので繁殖状態にない(−)と判定できる.判定を確実にするには精巣上体の内容物で塗抹標本を作り顕微鏡で見るか,組織標本を作製して観察すればよい.捕獲個体の繁殖状態の記録はフィールドカタログか野帳を用いて捕獲後直ちに観察・記録しておくほうがよい.
雌では,妊娠または授乳している個体が確実に繁殖状態にある(+)ことは明らかであるが,膣が開口しているか(+)していないか(−)も判定の基準になる.さらに,子宮の状態を観察して,胎子の有(+)無(−),胎盤痕の有(+)無(−),乳頭が発達しているか(+)否か(−)を記録する.
上記のような繁殖状態の記録方法は,今泉(1970),Nagorsen and Peterson(1980),中田(1986),阿部(1991b)などに詳述されている.
地理的変異や個体群内の変異に関連した研究ならびに近年盛んになってきた生物多様性に関連した研究などでは標本採集地の詳細で正確な記述が求められるのは当然である.日本国内においては都道府県名,市町村名,湖や山の名前の記録は最低限必要であるが,さらに正確な緯度と経度を少なくとも分単位まで記録する必要がある.緯度と経度は国土地理院発行の5万分の1または2万5千分の1縮尺の地図で調べられるが,カーナビゲーションシステムやGPS装置が利用可能ならば,その機能を使って緯度と経度を調べることも可能である.オンライン地図閲覧サービス(http://watchizu.gsi.go.jp/)を用いることも可能である.また,自然環境保全基礎調査用の1×1 kmの3次メッシュ番号(環境庁,1997)を採集地として記録しておくことが望ましい.海外においても日本国内に準じて,行政単位での地名の記録と緯度・経度の記録が望ましい.フィールドカタログや野帳に等高線の入った大縮尺(5万分の1から20万分の1程度)の地図を添付して採集地を図示することは最も望ましい記録方法である.
標本採集地の生息環境を記録しておくと,その種がどのような生態分布をしているかの指標となる.生息環境としては,景観,優占する植生,標高,土壌の状態などの記録が役に立つ.標本採集の方法(ワナによる捕獲,網による捕獲,死体拾得によるなど)も記録しておく必要があるが,採集標本が同一の方法によって得られたものならばフィールドカタログまたは野帳の最初にその旨を記述しておけば繰り返し記入する必要はない.上記以外の行動的・生態的記録もその他の記録としてフィールドカタログや野帳に記入しておく.例としては,捕獲時間帯,変わった毛色の個体(部分白化や尾端白化など),採集時の天候,音声コミュニケーション,フィ−ルドサインなどがあげられる.こうした記録をつけるのは煩雑に思うかもしれないが,将来の自然史研究のための有用な資料となることが多いのである.採集地と採集個体の写真は,採集標本が極めて稀な種であったり毛色変異個体であった場合には特に貴重である.生け捕りにした個体の顔の部分の拡大接写写真を撮影しておくと,標本では縮んだりして再現できない部位を記録に残すことが可能である(Nagorsen and Peterson,1980).
一般に,標本室などで保管される哺乳類標本はその作製方法に従って3種類に大別できる.すなわち,1)毛皮標本と頭蓋(骨格の一部を含む場合もある),2)頭蓋を含む全身の骨格標本,3)全身の液浸標本,である.それぞれの保管方法には長所と短所があるので,その選択は研究目的にしたがって行うことになる.
70%エチルアルコールまたは10%ホルマリン液(4%ホルムアルデヒド液)に全身標本を漬けて密封保存する方法である.固定によって体が固くなったり縮んだりするので,計測は固定液に浸漬する前に行う必要がある.固定液の浸透をよくするために事前に腹部の一部を切開しておいた方がよい(阿部,1991b).ホルマリン液はアルコール液よりも固定力が強いが,分解して蟻酸となるために長期間(1-3年)保存すると歯や骨組織が脱灰されてしまうことになる.これを防ぐためには10%ホルマリン液などで固定を行った後に65-70%エチルアルコール液または45-60%イソプロピルアルコール液に入れて永久保存標本とする(Nagorsen and Peterson,1980).液の交換が困難な場合は,アンモニア液や大理石細片,ヘキサメチレンテトラミンを用いて中和する方法もある(林,1981).ブアン固定液は,主要な成分であるピクリン酸に爆発性があるので注意を要する.ホルマリン固定を行わず,最初からエチルアルコール液で固定保存されている標本からは,後になってDNA解析のための組織サンプルを得ることができる.ただし,DNA標本の作製に適した濃度100%かそれに近いアルコール液を用いた場合には筋組織が収縮して骨格の変形をもたらす可能性があるので,細切された肝臓などをDNA標本用に別に作製・保管するほうがよい.標本ビンとしては,大型で無色透明のガラス容器(梅酒ビンなど大口で密閉できるもの)や小型の中ブタ付ガラス容器(「マヨネーズビン」の名称で科学機器業者が扱っている)などが推奨できる.粉末コーヒーの空きビンなどは固定液が蒸発したり,金属製のフタが錆びついたりするので使用してはならない.液浸標本のラベルは必ず標本とともに液中に保存されなければならない.
毛皮標本の作製法は阿部(1991b)などによって述べられている.中・大型獣を研究用毛皮標本とするには展開した乾燥標本またはなめし皮として保存する.小哺乳類の保存には3通りの方法がある.
1)フラットスキン法:体の腹部正中線に沿って皮膚を切り開き,剥皮して皮膚の内面に毛止め剤(硼砂粉末または焼きみょうばん,あるいはそれらと樟脳の等量混合物)を塗った後,平板上に広げてピン止めして乾燥する.
2)仮剥製:腹部中央後半を縦に切り開き,剥皮して皮についた脂肪,肉などを取り除き,毛止め剤を塗った後,内部に綿を適当な固さでまいて入れ,切り口を木綿糸で縫合する.次いで形を整えた後,ピンで足を平板上に固定して乾燥する.この場合,尾椎を抜いた尾や四肢には針金・竹串・イネ科草本の穂軸などをさし込んでおくと,整形とともに破損を防ぐことができる.
3)小哺乳類簡易剥製法:腹面後脚間を横に切開し,後脚を切断して丸剥ぎにする.次いで皮膚の内面に毛止め剤を塗り,型紙(厚紙;皮を劣化させない中性紙がよい)に皮をかぶせ,後脚と尾を糸またはステンレスのホッチキスでとめる.型紙の大きさは動物の大きさによって決める.型紙は採集ラベルを兼ねており,採集・計測データを記入する.
毛皮標本の作製法を図とともに詳細に解説した種々のマニュアルがあるので(British Museum, 1968;今泉,1970;橋本,1979;Nagorsen and Peterson,1980;Pucek, 1981;本田,1985;阿部,1991b;Martin et al.,2001),標本作製に不慣れな間はこれらの文献を参照する必要がある.
5−2のいずれかの方法で毛皮標本を作製した後,直ちに頭蓋標本をつくる準備にはいる.剥皮した胴体から頭蓋を第1頚椎(環椎)との関節で切り離すが,その際に後頭部を破損しないように注意する.小哺乳類(食虫類,ネズミ類,翼手類)の破損しやすい頭蓋の場合は除肉せずに乾燥させてよい.リスより大きな動物の場合は,脳,眼球,舌,厚めの筋層などを頭蓋から取り除いてから乾燥させる.野外調査中に作製した乾燥頭蓋にはただちに毛皮標本につけた採集ラベルと同じ番号の採集ラベルをつけ,調査終了時に他の標本とともに持ち帰る.直ちにクリーニング(晒骨)をしない場合はそのまま乾燥標本として,昆虫,塵,光が入らない容器内に保存しておいてもよい.クリーニング法としては水でよく煮て付着する筋や軟組織を柔らかくした後,ピンセットを用いてこれらを取り除き,脳は大後頭孔から種々のピンセット,ピン,釘などを用いて掻き出す方法が一番簡単に処理できる方法である.設備があれば,肉のついた頭蓋をカツオブシムシの幼虫や成虫に食べさせてもよい.中・大型哺乳類の頭蓋の場合,煮沸して除肉した後,蛋白質分解酵素の水溶液に一晩程度浸し,軟組織を分解してから洗い流すと良好な標本を作製することができる(八谷・大泰司,1994).八谷・大泰司(1994)の推奨する酵素タシナーゼN-11-100は,現在入手できない.代替品としてビオプラーゼAL-15-FG(ナガセケムテックス(株)製)を用いる場合の至適温度は50℃前後で,サーモスタット付のヒーターを使用するとよい.大型動物の場合は酵素のかわりに好気性細菌を用いる方法もあり,37〜38℃に加温した水中にエアーポンプで常時空気を細かい気泡にして送り込み,その中に4日間程度浸漬すると,増殖した細菌によって軟部組織を完全に除去できる.酵素や細菌を用いるとかなりの悪臭が発生するので,換気に注意を要する.除肉の手段としてパイプ洗浄剤などの漂白系薬剤や強アルカリ性薬剤(水酸化ナトリウム,水酸化カリウムなど)を用いると,骨を破壊したり,変形させたり,歯のエナメル質を剥離させたりするので安易に使用してはならない.
いずれの方法を用いた場合でも,美的な観点から肉を取り除いた頭蓋を漂白するには,10%前後の過酸化水素水に小哺乳類では1晩,中・大型哺乳類では3〜5日ほど浸けてから充分に水洗いし,乾燥させればよい.研究や博物館保存用の標本の場合,漂白を行う必要はない.また,好気性細菌を用いた方法では,漂白はほぼ不要である.
骨格標本を作製するには,5−2のいずれかの方法で剥皮した後,繁殖状態のデータを調べるために開腹する(4−5).次いで腹腔と胸腔からすべての内臓を取り除く(内臓が残っていると腐敗の原因になる).研究目的次第ではこの段階で組織や器官から各種のサンプルを採取する.さらに,残っている胴から大きめの筋を取り除いて乾燥させる.乾燥できた胴から骨格標本を作製する方法は基本的に頭蓋と同じである(ただし動物のサイズが大きくなるほど作業は困難さを増していく).頭蓋・骨格標本の作製に際して脱脂が必要な場合には,八谷・大泰司(1994)を参照するとよい.脱脂と軽い漂白のために,アンモニア水を用いることもでき,過酸化水素水よりも安全である.ただし,関節や縫合,微小な骨や軟骨部分を良好に保存したい場合は,漂白や脱脂などの薬品処理を最小限度にすべきである.
ここに示す輸送方法は主としてNagorsen and Peterson(1980)によって推奨されている方法で,採集地から博物館への標本やデータの輸送を想定している.採集者自身が運ぶ場合と郵送など第三者に依託する場合,国内輸送と国外輸送の場合では状況がかなり異なるが,以下の基本事項はほぼ共通している.また,ここで推奨された方法は博物館または研究者個人の相互間,研究者個人と博物館の間で完成している標本を輸送する際にも応用できるであろう.
液浸標本:適切にホルマリン固定されている標本の場合,密封できる梱包容器内にごく少量の10%ホルマリンを加えることによって標本を湿った状態で輸送できる.他の固定液や保存液でも同様の処理が可能であるが,原則的に同じ種類・濃度の固定液あるいは保存液を用いるべきである.各梱包容器には綿かガーゼ,新聞紙を入れて標本が容器内で動かず湿気を保つようにしてやる必要がある.標本の全面を覆って湿気を保つ点ではガーゼが優れている.輸送用梱包容器としては広口のプラスチック容器が最適であるが,これが利用できないときには密閉できるビニール袋を使ってもよい.ガラス容器は輸送容器として不適である.もし,ガラス容器で標本を輸送する必要がある場合には,この容器を丈夫な箱に入れ,容器と箱の間に充分な梱包材を入れてガラスが割れないようにしなくてはならない.ビニール袋を使用する場合には内側の袋に標本と綿と固定液を入れて空気が入らないように密封する.この袋をさらにもう1枚のビニール袋にいれて密封し,これを金属製の箱(菓子箱のような)に入れて蓋を粘着テープでしっかりとめておく.箱とビニール袋の間が大きく開いてしまう場合には綿やガーゼ,古新聞のような梱包・液体吸収材をつめておく.こうしてできた包みは小さいのが普通なので,(固定液が漏れないように細心の注意を払って)国内では通常の郵便小包または宅配便で送ることができる.国外輸送を含む場合は,各国,各地域の制度や現状に合わせた措置が必要である.例えば,天然綿を用いることが検疫上問題になる地域があるので,合成綿を用いるような注意を要する.また,航空便では梱包に含まれる液の種類だけでなく,液量も厳密な規制の対象となる.
毛皮と頭蓋:毛皮は丈夫な合板でできた梱包容器で送ることが望ましいが,丈夫な段ボール箱で送ることもできなくはない.最初に箱の底に5 cm程度の厚さになるように綿かそれに類似の梱包材を敷き詰めてその上に乾燥した毛皮を並べる.その上に綿の層をさらに敷くということを箱がほぼ一杯になるまで繰り返す.最上層の綿の層は5 cm程度の厚みになるようにする.
頭蓋が完全に乾燥していて昆虫や昆虫の卵も入り込んでいない状態ならば,頭蓋も毛皮と同一の梱包容器で送ることができる.そうでない場合,頭蓋は別の丈夫な容器で送らなければならない.毛皮の輸送期間が数日より長くなりそうな場合は,それらと一緒にパラジクロロベンゼンの防虫剤(パラゾールなど)を入れてガやカツオブシムシが卵を生みつけないようにするか,できれば梱包前に防虫剤を用いずに低温処理など他の方法で殺虫しておく必要がある.毛皮に防虫剤が必要な場合には,頭蓋を毛皮と一緒に送ってはいけない.なぜなら,多くの博物館では頭蓋や骨格のクリーニングにカツオブシムシを使っており,その活動が防虫剤で阻害されるからである.
骨格:骨格を送る場合には乾燥させておかねばならない.骨格が小哺乳類のもので,毛皮の梱包容器に防虫剤を入れないならこれらを一緒の容器で送ることができる.容器の底に骨格を入れ,その上に綿の層を敷いてから毛皮を並べる.大型哺乳類の重い骨格は,丈夫な木枠のついた箱で別送する必要がある.大型哺乳類の骨格が乾いているなら,輸送の直前にビニール袋で包んで匂いを減らしたほうがよい.巨大な骨格を送る際には,受け入れる博物館に事前連絡をしておくべきである.
データ:フィールド目録の原本,野帳,標本に関係した地形図などは標本とは別の速達または航空便で送るべきで,郵便事情が悪い国から送る場合は書留にすべきである.
ワシントン条約(正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」で英名では“Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora”の頭文字をとってCITESと呼ぶ)は1975年に発効し,日本においては1980年11月から適用されている.この条約で絶滅のおそれがあり,保護が必要と考えられる種は許可がない限り輸出も輸入も禁止されている.この規制はすべての国際取引に適用され,絶滅のおそれのある種については個体(生死を問わず)のほかにその体の一部(頭蓋標本,骨格標本,組織,細胞,生化学的サンプルを含む)や加工品(剥製を含む)も規制の対象となっている.国際取引で,少なくともどちらか一方の国がこの条約に加盟している場合にはすべての取引について必要な許可が取得されているか監視されねばならないことになっている.国際取引が規制されている種は3種類に区分されて附属書に示されている.附属書I に掲げられた種は絶滅のおそれのある種である.附属書II に掲げられた種は,現在必ずしも絶滅のおそれのある種ではないが,絶滅のおそれのある種にならないように監視する必要のある種である.附属書III に掲げられた種は,いずれかの締約国が自国の管轄内で規制を行う必要があると認めている種である.附属書I の種を輸出入するには輸出国と輸入国の両者の許可書が必要である.附属書I に掲げられた種および国内希少種(哺乳類はツシマヤマネコ,イリオモテヤマネコ,ダイトウオオコウモリ,アマミノクロウサギおよびオガサワラオオコウモリの5種)では国内移動に規制があり(届け出や許可が必要),個別ケースごとに扱いが異なっている(博物館同士か,民間と大学間か,など)ので,こうした種の移動の際にはあらかじめ環境省自然環境局野生生物課に問い合わせる必要がある(文献としては環境庁野生生物保護行政研究会(1995)など).附属書II の種では輸出国の輸出許可書が必要とされている.附属書III の種では原産地証明書と,その種を附属書III に掲げた国からの輸出の場合に輸出許可書が必要とされている.CITESに関連して日本国内で規制されている行為の詳細や附属書に掲げられた種については,野生生物保護問題研究会(1988)などで精通しておかねばならない.ただし,CITESの締約国会議は原則として2年半に1回開催され,その場で附属書I ,II の改正が検討,採択される(金子,2001)ので,輸送しようとする標本の種がこうした規制に抵触していないことを最新の情報で確かめておく必要がある.ワシントン条約に基づく輸入手続き,日本のワシントン条約管理当局と科学当局の一覧,ASEAN諸国の管理当局一覧,などについては金子(2001)の解説を参照のこと.CITESにかかわる取り扱いについて不明な点がある場合はこうした科学当局や管理当局(例えば陸生動物については環境省自然環境局野生生物課と経済産業省貿易局貿易審査課)に問い合わせるべきである(金子,2001参照).CITES以外にも,鳥獣保護法第20条の二 [2016年現在では,鳥獣保護管理法第25,26,27条]によって哺乳類の個体および加工品の輸出入が規制される場合があるので注意が必要である(詳細は鳥獣保護管理研究会,2001参照).海外での調査ではCITES以外にも現地国での法規や国際条約に従わなくてはならない(Ad hoc Committee for Animal Care Guidelines,1985).
博物館における分類コレクションの標本管理には,標本の受け入れからコレクションの標本の劣化を防ぐ作業までの一連の活動が含まれる(Wiley,1981).国内で刊行された採集記録,標本目録,分類学的総説には前田(1984,1986),愛知学院大学歯学部第二解剖学教室(1985,1986),Miyazaki(1986),茂原(1986),Tomida and Sakura(1988,1991),Yoshiyuki(1989),獨教医科大学医学部第一解剖学教室(1992),Endo(1996,1997,1998,2000,2001,2002),Zholnerovskaya and Koyasu(1997),Yoshiyuki and Endo(2003)などがあるが,こうした活動について述べるのは本ガイドラインの主要な役目ではない.こうした方面に関心のある場合は上記のWiley(1981)や本ガイドラインの末尾に付録として翻訳してある“アメリカ哺乳類学会分類コレクション委員会によって制定された「哺乳類の分類コレクション管理のための最低水準」”(Systematic Collections Committee,2004)が参考になるだろう.
野生哺乳類のすべての個体が人獣共通感染症を潜在的に保持していると考えるべきである.こうした疾病は風土病として知られるもののように,しばしば極めてローカル色の強いものであるから標本採集や標本作製の作業中に起こりうる感染症のすべてをリストに挙げることは現実的ではない [国内の人獣共通感染症の一般的なリストは神山(2004)および木村・喜田(2004),野生哺乳類が媒介するものについてはYokohata(2009)を参照].それゆえ,標本採集を行おうとする場合には,採集者自らその採集地域で動物から感染しうる疾病に関心を持って調べておく必要がある.日本国外での採集活動の最中に,採集動物からチフスや狂犬病といった疾病に感染する危険性があると考えるならば,こうした疾病の予防接種について医師に相談しておく必要がある.国内においても,エキノコックス症,ツツガムシ病,ライム病,腎症候性出血熱,日本紅斑熱など動物を介して直接的あるいは間接的に研究者に感染しうる疾病があるので注意が必要である(例えば,鈴木・池田,1985;有川・橋本,1986;有川,1996;高橋,1998;淺野ら,2006).さらに近年,こうした感染症,特に新興感染症は人間や家畜だけでなく生物多様性に対する脅威ともされており(Daszak et al.,2000),研究者自身が病原体の伝播者として他の人間や家畜,野生動物の感染源になることがないよう,注意することも必要である.
生きた哺乳類を扱う際には咬まれないように気をつけるとともに,革手袋や軍手を使用して手を守る必要がある.幸いなことに,日本国内では動物から狂犬病(国外ではコウモリ,キツネ,マングース,スカンクなどが媒介者として有名)の感染がおこる可能性は低いと考えられる.しかし,このことは逆に日本人研究者の狂犬病の危険性に対する予防意識が希薄である原因になっているかもしれない.海外で研究動物の捕獲を行う場合,その国や地域に狂犬病ウイルスが存在するなら,捕獲したすべての動物が狂犬病に感染している可能性があると仮定した対処が必要である.このような国や地域での調査の際には,入国条件として義務づけられていなくとも,狂犬病の予防接種を行っておくことが望ましい.予防接種の実施を含め,海外における健康管理について出発前に充分な知識を得ておかなくてはならない(宮崎,1999参照).コウモリ類の調査に伴う健康への危険性と対処法については,Constantine(1988)の総説がある.
標本作製の際には,常識的な注意を払うことによって感染の危険性を減少することができる.解剖の際にはゴム手袋の使用が望ましいし,さらに用心するならば使い捨ての紙マスクの使用も考える必要があろう.動物の尿や糞から感染する場合もあるから,これらを素手でさわってはいけない.使用した後の解剖器具は適当な消毒液を用いて消毒すべきである.交通事故で死亡した動物を扱う際でも,感染に対する用心が必要である.標本採集や標本作製をした後で,インフルエンザに似た症状や慢性的呼吸器疾患のような症状がでたり,リンパ節が腫れたり,高熱・嘔吐・下痢などの兆候に気づいた場合は感染症の疑いがあることを医師に伝えて診断を受けるべきである.なお,野生動物が関与する人獣共通感染症の研究については,酪農学園大学野生動物医学センターおよび岐阜大学応用生物科学部獣医病理学教室が拠点的機能を担っており,感染の可能性が疑われる動物遺体の受入などを行っている.
本ガイドラインの改訂にあたっては,冒頭に記した作業部会員の他に,遠藤秀紀委員長をはじめとする日本哺乳類学会種名・標本検討委員会委員の諸氏および石川 創,木村順平の各氏から貴重なご意見,ご指摘を受けた. 本改訂ガイドラインの承認は織田銑一学会長,子安和弘 事務局長をはじめとする評議員会各位によるものである.それらの方々に対して,ここに深く謝意を表する.
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